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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1988号 判決 1984年7月12日

原告 肉文商店こと 佐藤一夫

右訴訟代理人弁護士 蔵重信博

被告 株式会社とんかつ一番

右代表者代表取締役 中島玉雄

被告 中島玉樹

右両名訴訟代理人弁護士 杉島勇

同 杉島元

主文

被告らは原告に対し、各自八六五万二四七六円およびこれに対する昭和五八年二月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告会社に対する主位的請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告

1. 主文一、三項同旨。

2. 仮執行宣言。

二、被告ら

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

一、原告

1. 原告は豚肉等の販売を業とするものであるが、京都近鉄百貨店地下に「とんかつ一番」の商号で営業をしている被告中島からの注文により、代金は毎月二〇日締めきり翌月一五日払の約で、昭和五七年八月三日から同月一三日まで三回にわたり合計一〇二三万二六一〇円相当の豚肉を被告会社に売却した。

2. 約定の代金支払期日に売買代金を支払わなかったため、原告は同年九月二五日、二二五万七三三五円相当の豚肉の返品を受けたが、既に納入後一か月以上経過し、肉の鮮度が落ちたのと肉の相場が下落していたから、右商品は一五八万〇一三六円にしかならなかった。

3. 被告中島が近鉄百貨店で「とんかつ一番」の商号で営業を行い、右店舗の借主は被告会社であって、原告は買主は被告会社であると信じて本件取引を行ったものであるが、仮に被告会社が右取引の買主でないとしても、同年五月三一日まで被告中島は被告会社の取締役であり、被告会社が同中島に「とんかつ一番」の商号使用を認めていたから、被告会社は名板貸人の責任がある。

4. よって、原告は被告中島に対しては売買代金として、被告会社に対しては主位的には売買代金として、予備的には名板貸人に対する請求として、各自八六五万二四七六円とこれに対する被告らに対する本訴状送達日の翌日以後である同五八年二月三日から完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告ら

1. 原告主張1の事実のうち、原告が豚肉等の販売を業としていることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告中島は、京都近鉄百貨店地下で「とんかつ一番中島」の商号で営業しているし、原告主張の売買契約は原告(代理人三好球一)と訴外辻洋一、達富充彦、山本との間に成立したもので、被告中島は買主側の商法五〇四条の代理人として行動したもので、このことは前記三好球一の知悉しているところである。

2. 同2のうち、原告主張の豚肉が被告中島を通じて原告に返品されたことは認めるが、その評価額は不知。

3. 同3のうち、被告中島が同五七年五月三一日まで被告会社の取締役であったことは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

被告会社は同中島にその商号使用を許諾したことはないし、仮に原告が本件取引の相手方は被告会社であると誤信したとしても、それは原告において卸商として取引上当然要求される調査義務を尽さず、あまりにも杜撰な調査しかしなかったためであり、この点において原告には重大な過失があったから商法二三条は適用されない。すなわち、

(一)  被告会社は京都市内でトンカツを中心としたレストラン経営をしているだけであり、それほど大量の豚肉を必要としないことは、豚肉の卸商である原告なら十分推測できるところである。

原告と被告会社はこれまでに取引がなかったのであるから、原告は本件取引を開始するにあたっては被告会社の資産、経営状態を調査するべきであるし、しかもレストラン経営をするにすぎない被告会社が短期間に大量にしてかつ高額の取引をする場合にはなおさら慎重に調査するべきである。

しかるに、原告は調査事務所に被告会社の調査をさせ、被告中島の経営する京都近鉄百貨店の地下店舗を調査しただけであり、前者はその内容において誤りが多く、極めて杜撰な調査である。

(二)  右調査事務所の調査結果によっても、被告中島は被告会社の役員でなく、一見して被告中島が被告会社と無関係であることが明らかであるのに、この点について被告会社に直接間接の照会をしていない。

(三)  原告と被告中島を窓口とする豚肉の取引は本件取引の直前の昭和五七年六月に始まったが、これだけ多額の取引であれば、通常は被告会社振出の手形、小切手等で決済されるのが通常であるが、実際は前記辻が現金で決済しており、原告としては、この点に疑問を持ち、被告会社、同中島に照会、調査をするべきなのに、これをしていない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告が豚肉等の販売業者であることは当事者間に争いがない。

二、原告は、被告会社に対し、同五七年八月三日から同月一三日までの間に合計一〇二三万二六一〇円相当の豚ロース等を販売したと主張し、成立に争いのない甲第一号証及び第四号証の一ないし三、証人三好球一の供述は右主張に副っているが、これらは被告会社代表者及び被告中島玉樹の各本人尋問の結果に照らして採用できない。

かえって、被告会社代表者及び被告中島玉樹の各本人尋問の結果によると、被告会社は主としてトンカツを中心としたレストランを経営し、被告中島は被告会社の代表取締役中島玉雄の長男であり、かつ同五七年五月三一日までは同会社の取締役であったが、同日限り、取締役を辞任し、被告会社から独立して同年六月一日から京都近鉄百貨店地下で「とんかつ一番」の名で惣菜店を営み始めたこと、被告中島は京横商店の従業員辻洋一と共同して、同年六月一九日以降原告から豚肉ロース等を仕入れてきたもので、本件取引もその一環として被告中島が前記三好に発注し、原告側ではこれを受けて主として被告中島の指定した日冷七条工場に搬入して順次納品し、納品書の控には被告中島が「玉樹」と記入し、同被告が受領したことを表示したこと、被告中島と辻洋一の間で、辻が京横商店に勤務していることを考慮し、本件取引につき辻の名が表に出ることを避けることを合意し、買主を被告中島だけとして取引したことが認められ、被告代表者及び被告中島玉樹の各供述中、右認定に反する部分は採用できない。

三、次に原告の被告会社に対する名板貸の責任について検討する。

<証拠>によると、

1. 被告会社は京都近鉄百貨店の地下売場を賃借し、同五六年一〇月から「とんかつ一番」の名で惣菜の販売を始め、被告中島をその責任者として配置していたが、販売成績不良のため同五七年五月三一日をもって廃止しようとしたところ、被告中島が被告会社から独立して個人として右販売をしたいと申出たこと、被告会社ではこれを認め、被告中島は被告会社をやめ、同年六月一日から右売場で惣菜の販売を始めたが、前記百貨店との賃貸借契約は被告会社名義のままであるし、売場には従前どおりの「とんかつ一番」の表示を掲げており、外観的には同年六月一日以降も従前と全く変化がなかったこと、

2. 原告の従業員三好は、被告中島が被告会社に在籍中の同五七年五月、日本調味食品の奥村から、被告会社の社長の息子で、右百貨店の「とんかつ一番」の店舗の責任者であるということで被告中島を紹介されて右店舗に同被告を尋ねて面談し、一週間後位に三好は豚肉のサンプルを被告中島に持参し、同時に株式会社帝国データバンクに被告会社の信用調査を依頼し、被告会社は近鉄百貨店地下に出店をしているとの電話報告を受けていたこと、

3. 被告中島から三好に対し、同年六月一五日ころ豚肉五〇一ケースの電話注文があり、その際、被告中島から被告会社をやめた旨あるいはこの取引は同被告自身の取引であるとの説明もなかったため、三好は右状況の下では被告会社との取引であると信じて同会社宛の納品書を発行し、同月一九日に右注文書を被告中島の指示により内六五ケースは日冷七条工場に搬入し、残りはそこにやってきた辻の指示に従ってくれとの被告中島の言に従って辻とともに別の場所に搬入したこと、被告中島は右日冷工場との間では「とんかつ一番」の名で契約してあったこと、

4. その後も、被告中島の注文により、三好は同年六月二八日、七月一四日の二回に豚肉を日冷七条工場に納入し、その代金は被告中島から集金し、あるいは辻が持参したのを受領したが、いずれも「とんかつ一番」宛の領収証を発行しており、これら納品書、領収証が被告会社宛または「とんかつ一番」となっていることにつき、被告中島から異議は出なかったこと、

5. 同年八月に入ってからも、被告中島から電話注文があり、第一回目と同じ方法で納品したのが、原告主張の三回にわたる合計一〇二三万二六一〇円相当の本件豚肉の取引である、

ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右によれば、原告は被告中島との取引を被告会社との取引であると誤認していたものであり、被告会社は、被告中島が「とんかつ一番」の名を使用してその営業をすることを認めていたものといえるから、原告に対し名板貸人としての責任がある。

被告らは、原告が本件取引は被告会社とのそれであると誤認したについては重大な過失があると主張するが、本件取引に関与した原告の従業員三好は、先に認定したように、知合いの奥村から被告中島を紹介され、紹介当時は被告会社に在籍していた被告中島を近鉄百貨店地下の被告会社の店舗に尋ねて被告会社側の様子を調べ、さらに帝国データバンクに被告会社の調査もさせているのであって、その直後に被告会社側に事情の変更が生じ、被告中島が被告会社をやめたことにつき、原告側にこれを知る手がかりがなかった以上、原告がこれに気づかず、被告中島は被告会社の従業員として本件各取引をしていると判断したとしても重大な過失があったということはできない。

もっとも、<証拠>によれば、原告と被告中島の豚肉取引は、同五七年六月一九日から同年八月一三日までの二か月足らずの間に、六回にわたり合計一万二〇〇〇キログラム、金額にして約二〇〇〇万円に及ぶものであるが、被告中島玉樹の供述によると、三好は被告中島に対し、前記のとおり辻が豚肉の搬入納品、代金の支払に関与していたことから辻に転売していくらの中間利潤を得ているかとの趣旨の発言をしていたことが認められ、本件取引が被告会社の営むレストラン用の豚肉の仕入れのためだけなら、右のような大量の取引に疑問を感じ、さらに調査を要したかもしれないが、現に転売があったか否かは別として、右のように三好をして辻への転売を推測させる事情がある場合にさらに調査しなかったとしても、この点につき重大な過失があったとも解されない。また、被告会社代表者の供述によると帝国データバンクの調査報告書(甲第三号証)には内容に誤のあることが窺えるが、このことは原告側の過失とはいえず、他に原告側に重大な過失があるとの被告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

四、証人三好球一の証言によると、本件取引における代金の支払方法は、毎月二〇日締切り、翌月一五日払の約定であったこと、本件三回の取引による売買代金の支払が遅れたため、同五七年九月二五日、原告が、納品した豚肉のうち二二五万七三三五円相当分を引揚げ、これを処分したが、鮮度が落ちていたためその七割にあたる一五八万〇一三四円にしか処分できなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

本件売買代金合計一〇二三万二六一〇円に右処分代金一五八万〇一三四円を充当すると、残額は八六五万二四七六円となるから、被告両名は原告に対し連帯して右代金及びこれに対する代金支払日後である同五八年二月三日(被告中島に対する本訴状送達日の翌日)から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五、右の次第で、被告会社に対する主位的請求を棄却し、被告らに対するその余の請求を認容し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊谷絢子)

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